ダンディズム

男らしい

「男らしさ」とは「愚かしさ」

たとえ誰に笑われようとも

己の愚をやめれない。

その時代に取り残された享楽思考が

「男らしい」ということ。

酒も飲まずに酔える姿はまさに

「しらふの酔っ払い」


らしい、という言葉

昨今、敬遠されがちな「男らしい」「女らしい」という言葉。

もちろん、相手への要望として、そういう「らしさ」を

押し付けるのは、生きてて息苦しくなると思う。控えた方が良い。

ただ、ある程度人を分類するのは、仕方がないのかな、とも思う。

その人、個人個人を理解するのには時間がかかるし、

深く理解しようとするのも難しい。

ある程度、カテゴリー分けしておいた方が、何かと便利だ。

問題なのは、本人の意向に反して、関係ない別のカテゴリーに

勝手に入れられてしまうこと。

「私は、僕は、そんな人間じゃないのに・・・」という

余計な誤解が発生してしまう。コレが問題なのだろう。

分類分けも「お前はこうだ!」みたいなはっきりとした分類ではなく、

もう少しやんわりとした「多分、こんな人」ぐらいの

人の捉え方でいいんじゃないだろうか。


ダンディズムという嗜好

「女のダンディズム」というと言葉としては矛盾しているが、

何もダンディズムとは男に限ったことではないと思う。

男らしいというよりは、伊達さ、気風(きっぷ)の良さがある人。

気立てが良く、さっぱりしていて、愛嬌がある。そんな人を

総じてダンディズムと呼ぶのではないだろうか。

日本語で言うなら「粋」というヤツである。

宮沢賢治じゃないが、「そんな人に私はなりたい・・・」

そう憧れさせる存在、それがダンディズム

ひょっとしたら、こういう人物像は今では

憧れの対象ではないのかもしれない。

若い人からは(古臭い価値観)と思われてしまうのかも。

ただ、何に憧れるかはその人、個人の意思なのでその

「古臭さ」に逆に惹かれる若者もいるのかもしれない。

戯言
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