花見
日本人は何故、桜が好きなのだろう。
美しい花はいくらでもある。その中でも
桜は別格な扱いを受けている気がする。
春の訪れを知らせる穏やかさと、
数週間で散っていくその姿に、
我々は「再生と終わり」を同時に
感じてしまうからなのかもしれない。
花見の歴史
花見の歴史は奈良時代が最初らしい。と言っても、その頃の花は
「梅」だったそうだ。中国から伝わってきた梅の花を愛でるというのが
貴族の間で広まったのが花を見る、いわゆる花見の始まりだったそう。
その後、平安時代になり、「いや、桜の方が見ごたえがあるよね~」
ということになり、花見=桜を見る、になっていったんだそう。
現代の花見のようなカンジ(酒を飲んだり、弁当を食べたり)になったのは
江戸時代になってから、らしい。元々は、京都の貴族の風習だったものが
庶民に広く浸透していき、奈良の吉野から上野に桜を植樹したのがキッカケで
江戸で大流行した。
全国の桜並木
日本中、至る所に桜並木があるが、土手沿い、川原沿いにあることが多い。
これは、災害対策から始まったと言われている。
江戸時代、川の氾濫をを防ぐために、土手沿いに木を植えた。
ちょうどその頃、流行り始めた「花見」の風習に目を付けた政府が
土手沿いの木を桜にした。そうすることで、桜を見に来た人々が土手を歩き
自然と土を踏み固めて、水害に強い土手を完成させた。というわけ。
今でも、全国にある川沿いの桜並木はその名残りらしい。
これは、すごく賢い対策だと思う。「災害」という問題に対して習慣を利用したり、
イベントを与えることで、人々を積極的に参加させて解決する。誰も損していない。
人に何かを無理強いしても、長くは続かない。
楽しいイベントとして「来年もまた行きたいな~」と
思わせる工夫をすれば、その対策は永続的に効果を発揮する。
「人を楽しませる」という考え方が根底にある姿勢が
実は一番強い「戦略」なのではないだろうか。
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